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【インド研修日誌 vol.0】インド旅行記

こんにちは、送り出し局3年の上田です。

今回はインド・プネでまもなくインターン開始予定の牧村さん(大阪府大4年)から
インド国内旅行の記事を頂きました。
不幸にもインターン先が休校となってしまい申し訳ない気持ちですが、記事を読むとインド旅がとても魅力的で
私も現地に行ってみたくなります^^
インターン開始後もこのブログで報告していってもらう予定ですので、お楽しみに。

*******************************

こんにちは。牧村夏希です。インドでのインターンシップを前に約2週間のインド
国内旅行をしています。

本当は5月25日から、インドのNGOが運営する学校で働くはずだったのですが、イ
ンド西部のプネーという場所では今雨期で、洪水が酷くて学校が休校になってし
まいました。なので、学校が始まるまで、一人で旅行に出かけています。

わたしは今、パキスタンとの国境近くのジャイサルメールという所に来ています
。ここは砂漠地帯で、雨期のプネーとは正反対に雨は全く降らず、そしてとても
暑くて乾燥しています。
4~6月は日中は50度にもなる地域です。この暑い時期はここでは観光のオフシー
ズンなので、ほとんど観光客はいません!宿も安いです(^_^)ただ、すごく暑いで
す 笑


ここに来るまでには、ジャイプール、ジョードプルに行ってきました。ジャイプ
ールは州都だけあって人が多く交通量も多いし、騒がしい街でした。いろいろと
高かったです。(^_^;)

そしてジョードプル、ここだけは絶対に行く!と最初から決めていました。建物
の壁のほとんどが水色に塗装されていて、その外観から「ブルーシティ」と呼ば
れています。それがとっっってもきれい!ほんとにほんとに夢みたいな景色です(^o^)
メヘラーンガルという砦の真下にブルーシティが広がっていて、ジブリの世界に
いるみたいなんです(^_^)
ほんとに素敵な街です(^^)小さな街なので静かだし、人々がみんなフレンドリー

今までアジアのいろんな国を周ってきましたが、その中でもダントツにフレンド
リーな街でした。言い方悪いですが、観光客は恰好の金づるで、お金目的に声を
かけられることが多いのがアジアです。(アジア以外は行ったことないのでほかの
地域のことはわかりませんが…ごめんなさい)

でもここの人たちは、ただ単に外人としゃべりたいのか、ただ、話しかけてきま
す。そして逆に、いろんな物をくれます 笑
2時間も歩いたら、お腹いっぱいになってました。笑
なんなんだ?!この街は??
って、思いました。(^_^)

そんなジョードプルは居心地が良すぎて、気付いたら5日も滞在してました。そし
て次は今いるジャイサルメールです。
言い遅れましたが、ジャイプールはピンクの建物が建ち並ぶ「ピンクシティ」で
す。続いてブルーシティを訪れ、次は砂漠が広がる「ゴールデンシティ」!(この3
つの都市は同じラジャスターン州に属しています)

なんか素敵じゃないですか?色で街を表現するなんてとってもお洒落♪( ´▽`)
日本の都市を色で表現したら…と考えてみたり。
都会はカラフルで、山とかだったら緑かなーとか!日本がグリーンシティと呼ば
れたらいいなあ~って、今ふと思いました。むしろグリーンカントリーにならな
いかな!なんて。

一気に旅の過程を説明してきましたが、実際はそれぞれの場所で、いろんな経験
をして、いろんな思いを抱いてその場所を離れていきます。
時には辛いこと悲しいこと、ハッピーなこと感動したこと。疑問だっていっぱい
抱きます。

一つ一つが忘れたくない思い出であり、経験したくなかったことだってもちろん
あります。

1人で旅をしていると、何より考える時間がたくさんあって、伝えたいことや誰か
に聞きたいと思うことが山ほどあります。
それも含めて、せっかくこうやってブログを書かせていただく機会をいただいた
ので、みなさんに知ってもらえたらなあ、と思います。
そしてできることなら、みんなの思いや感想を知れたらなあ、と思います(^^)

それでは今回はここまでにしておきます!とっても長くなってしまいそうなので
…(^_^;)

ではまた!
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ガーナからの研修生クレメントさんの最終研修報告会!!!!

こんにちは。
受け入れ局2回生中川です。

今回の震災のお見舞い申し上げます。

さて、そんな中ですが
3月22日に私が担当している研修生、クレメントさんの研修報告会を行いました。
今わたしたちの委員会がお世話になっている二つの幼稚園かそれぞれの園長先生と
そのご家族が来てくださいました。中には10カ月のベイビーも♪
また、4月に中国に研修に旅立つ根木さんも顔を出してくれました!!

内容はみなさんの自己紹介とクレメントさんの研修報告からのごはんという少ないものでしたが、
研修に携わってくださったみなさんからの愛にあふれたものになったと思います。

クレメントさんは幼稚園で去年の11月から今年の3月18日まで研修を行っていました。
はじめて空港で会い、そしてその翌日二人きりで大阪の雑踏を歩いたときには
こんなほんとに自分とまるきり違う人と上手くやれるのかと心配になったものです。
人知れず不安に悩んだ夜もありました。

しかし、クレメントさんはやってくれました!
その持ち前の気遣い・積極性・明るさで園長さんや職員さん、園児さんとすっかり仲良くなってしまって・・・
しかも幼稚園に英語の話せる方はひとりしかいないのです。

とくに副園長で園長さんの奥さまとは“俺のJapanese Motherだ!!”と公言するほど打ち解けていました。
すこしジェラシーですね。
また、子供さんの調子がいつもと違うのに気がついて職員さんに教えたりすることもあったようです。

クレメントさんもかなり日本に来て価値観が変わったようで
ガーナにでいつか幼稚園を設立したいというほどです。
また日本のこの幼稚園でもう一度働きたいとも言っています。
そしてクレメントさんは私に君もアイセックのインターンシップに行くべきだよ、絶対!!
と会うたびに言ってきます。

私はそんなクレメントさんや幼稚園の方々を見て自分の認識を変えざるを得ませんでした。
自分が英語が苦手だったりして勝手に距離を置いてしまっていたのは私のほうでした。

私はそもそも子供たちに人間みな同じだっていうことを知ってもらえるきっかけになればと
幼稚園に渉外に行っていたわけなんですが、むしろこの研修で私が気付かされてしまいました。
もちろん頭ではわかってはいたつもりなんですけど・・・
やっぱりいざとなると上手くいかないものなんですね。

なにはともあれ、そう気づかせてくれたクレメントさんには感謝の気持ちでいっぱいです。

もうじきクレメントさんは母国に帰ってしまいますが、
この研修を教訓に今より良い大人になれるように頑張っていきます。


ありがとう!クレメント!!


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【チャイナ研修日誌 vol.8】 798芸術区~再会





北京に旅行した時には絶対に外してほしくない場所がある。
有名どころで言えば、故宮(天安門広場)、万里の長城、頤和園など。
まぁ、この辺はあまりに名が通り過ぎて外しようもないが、もうひとつ僕がお勧めしたいのは
北京市中心部から少し北東に外れた所にある「798芸術区」と呼ばれる場所だ。
(ここでは詳細には説明しないが、北京動物園と石景山遊園地も個人的には気に行っているので、
名前だけはぜひ覚えておいてほしい。前者はパンダがおそろしくかわいいので、旅の疲れを癒してくれます。
後者はネタに使えます。)

さて、今日、9月24日、連休の1日を使って「798芸術区」に行ってきた。
ここは一応観光地として名は通っているものの、最寄りの地下鉄駅から少し離れているため
バスを利用しなければならず、また北京市の地図を見てもなかなか見つけることが難しいため
見逃してしまう方も多いかと思う。
現代アートに興味のある方は、ぜひぜひ北京に旅行したときはチェックしてほしい。

僕は結構一人でぷらぷら出かけるのも好きだが、今回は行き方を知らなかったので
研修先の同僚であるビル(本ブログ2度目の登場。vol.7参照)と同じくトルコからの
インターン生のセリーン、ビルの友達の4人と誘い合わせた上で向かった。

芸術区の入り口は思ったよりずいぶんと目立たないものだった。
アートの通りというからにはドカンと奇抜な彫刻が迎えてくれるものと思っていたが、
入口にあったのは入口を知らせる垂れ幕と、798を形どったモニュメントだけだった。
悔しかったので、それぞれの数字に合わせてポーズをとってみた。(写真1枚目)

通りをしばらく進むと、次第にアトリエ工房がいくつか見えてきた。
アトリエの一つ一つに芸術家の作品が展示されており、観覧料をとる工房もいくつかあったものの、
たいていは自由に立ち入り、観覧することができる。

作品は多様である。
絵画、彫刻、映像、服飾、いづれも現代アートらしく素材は考えられるもの全てを
用いて作品を作り上げている。

2枚目の写真はレンガ(粘土?)を素材に用いて作った車である。
ぜひマイカーに欲しい。
ちなみに右上端っこに写っているのはトルコ人研修生のセリーンだ。

3枚目は「涙」がテーマの作品。
写真では分からないだろうが、このお面たち、みな目から涙を流しているのだ。
目の後ろに据え付けられた装置から水が流れる仕組みとなっている。
あるお面はあまりの涙の量で地面をびしょびしょに濡らしていた。

最後の写真はトイレの男女の標識を等身大に形どり、フォルムだけを残したモニュメント。
当然中に入るのは、お約束。
僕のために作られたのではないかと思うほどピッタリはまった。

いろいろ作品を紹介したいが、文字にしたところ伝わりっこないので諦めるが、
ぜひともその目と体でアートを体感してほしいと思う。


話しによると、798という通りは以前からこうした芸術家がアトリエを連ねる芸術街というわけではなく、
もともとは工場が軒をつらねる工業地帯だったという。
そして多くの工場が撤退した今は、その工場を壊すことなく内装だけ整えてアトリエにするアーティストが
現れ始めたため、結果的に今となっては多くの芸術家が集まり、このような一大アート街に変身したという。
工場群はその昔東ドイツの援助によって作られたこともあり、工場のつくりもまた見どころがある。
外装のレンガ造りもいまでは風化したり、サビついたりしているものの、
それがまた街全体をいい具合にまとめ上げ、レトロな雰囲気を醸し出していた。
街にいくつアトリエがあるかは分からないが、小さいものも含めると100近くあるのではないだろうか。

街には観光客が多く賑わっているものの路地に回ればいたって静かである。

昼下がり、一件のカフェに立ち寄った。
一見アトリエにも見えたが、アトリエと喫茶機能がくっついたカフェだった。
ふかふかのソファーに、心地よい風、木の葉のかすれる音。
北京市内では決して望めない静けさがここにはあった。
あまりの気持ちよさに一人、また一人と眠りに落ちてゆく。
僕は皆が昼寝する様を眺めつつ、エスプレッソを注文し一人すすった。
飲みほした後、僕も3人の後を追うように眠った。

芸術家たちはこの通りで芸術活動に勤しみ、また同時に普段の生活も送る。
アトリエと住居が一つになっているところも少なくない。

僕は芸術を鑑賞することは好きだが、創作のセンスは微塵もない。
けれども、この地でアトリエを構えたいと思ってしまう。
そんな不思議な空気がここには流れている。


昼寝から覚めたあともいくつかアトリエを回ったあと、
僕たち4人は798芸術区を後にした。



その帰り道、地下鉄にて‘奇跡’は起きた。


ビルと僕は一緒の電車に乗ったのだが、しばらくして席が一つ空いたので、
互いに席の譲り合いをしていた。
ビルの方が折れて座ったが、何駅か過ぎたところで僕に席を譲ってくれた。
ビルは本当にいいやつである。


僕が座って間もなく、隣の女性から突如話しかけられた。
「あなた大阪から来たのですか?」

僕は見知らぬ人から声をかけられたことにびっくりしながらも
「はい、そうですよ。」
と答えた。

たしかに僕とビルは大阪について話していたので、その話をたまたま聞いたのだろう。

ただ、もっとびっくりしたことがある。

アレッ、今俺日本語喋ってる・・・


それから少し互いに身の上を紹介しあった。

どうやらこの女性、日本語を流暢に話すものの中国の方で、現在日本の北海道にて留学しているらしく、
ちょうど今は夏休みを利用して北京に帰って来ているとのことだった。


ただ、この女性、どうにも他人とは思えない・・・

日本に留学・・

北海道・・

見覚えのある顔・・

そして僕の予感はついに確信へと変わる。


僕「すいません、お名前を聞いてもいいですか?」


女性「言っても分からないですよ~」


僕「中国語でいいんで。お願いします!」


女性「ええー、でも難しくて覚えれないですよ~」


僕「いや、大丈夫です!とりあえず言ってくれませんか?」




女性「分かりました。えぇっとですね・・





                         冉・・」



僕「ゼンさん!!!」


冉さん「ええっ!なんで知ってるの!?」


それもそのはず、この女性、過去にラミネート工業株式会社さまにて研修されてたインターン生だった。

僕がまだ1年生だった頃に、同じく夏休みを利用して、アイセック大阪市立大学委員会が
お世話になっているラミネート工業株式会社さまの下で研修参加した中国人大学生が二人いた。
そのうちの一人がこの冉さんだ。
僕はその研修中に幾度かアイセックのレセプションで一緒する機会があったので覚えていた。

その当時の冉さんと比べるとすごく洗練された感じになっており、(少し失礼ですね。。ごめんなさいm(__)m
大人びた感じがしたので一目では分からなかったが、記憶の片隅にある見覚えのある顔と
いくつかの断片的な情報を基に冉さんを特定することができた。


こんなことって本当にあるんですね。世界は広いようで狭い。
今では、この言葉が身をもって理解できる。

同時にアイセックのすごさを知った。
アイセックには人と人と会わせる力があるとは言われているが、ここまでとは・・
これこそアイセックが‘出会いせっく’と呼ばれる所以ですね。(ちなみに普段はもう少し世俗的に使われます。)


一方の冉さんの方は僕のことを覚えていないようだった。
曰く、「イケメンになり過ぎて覚えてないよ~」とのこと。

へへ、許しちゃう^^

確かに2年前の僕は坊主頭にちょろっと毛が生えた感じだったから、
そりゃ現在の顔と符合するはずもない。


その後、僕と冉さんはしばらくこの思いがけない再会を驚き、喜びあった。

冉さんのこと、ラミのこと、宋さんのこと、メンバーのことなどを話した。

電車の中ということもあり、あまり長いこと話すことが出来なかったが、
冉さんは今の生活が楽しくまた充実しており、加えて元気であることが分かった。

僕たちは連絡先を交換して別れを告げた。


地下鉄を降りて、地上に出るとそこにはくぐもった空とその下にいつもと変わらぬ北京の街並みが見えた。

いつもは何も感じないこの風景も、この日に至ってはなぜか妙にいとおしく思えた。

今しがた起きた奇跡的な再会が僕の心の内になにか暖かい感情を呼び起こしていたのと同時に、
明日にはこの街から離れるという実感から寂寥の思いがつのり、それが組み合わさったような感じだった。

そう、明日が最終日。
研修全体を振り返れば良かったことばかりではなく、正直心残りがたくさんある。

でも今はそれを差し引いても、またこの街に戻ってきたいと思う。

次にこの地に降り立つ時はもっと大人になった自分を見せたいな。

【チャイナ研修日誌 vol.7】 交流使人生更美好




今回のブログのテーマに入る前に、ここ最近の研修についての概況を簡単に述べと、
まず一つにSEAプロジェクトは現段階でほぼフェードアウェー。
中国では9月が学期始まりであるため、プロジェクトリーダーのサラ
も学校に通わなくてはならず、ほぼコミットできないみたい。
かといってサラを除いたプロジェクトメンバーは僕とトルコから来た研修生しかおらず、
二人で回すのも困難な状況にある。
そもそもトルコからの研修生はこっちに来てからプロジェクトの説明すら受けていない。
T-シャツも賛助を約束してくれた企業から一向に回ってこない。

そういう事情もあって、僕ら研修生2人の今の仕事はvol.3のブログでも少し紹介したが
WYDという学生団体での活動が主になっている。
WYDの中にもいくつかセクションが分かれており、一つはホームページの運営、
それから今メインにやっているのが11月に開かれる国際的なフォーラムに向けた準備。
長くなるのでフォーラムの詳細は語らないが、
僕の仕事は主にフォーラムに召集する人のコンタクトリスト作り、
招待状などの翻訳作業である。
フォーラムには日本を含めた各国から来賓を予定でかなり大がかりなものになるそう。
ただ、どんなに大きなイベントでもその準備は地味なものである。
案外日本でアイセックやっていた時の仕事とそう大差はない。
日本でアイセックをやっていた時に得意だったことはこっちでも割とできるし、
苦手だったことはこっちに来てからも苦手なままである。
だからメンバーで研修に参加しようとする人は普段の活動をしっかりこなすのがいいと思います。
(もっと国内でしっかり活動しておけばよかったと後悔するのは僕だけで十分でしょう。)

さて、WYDの中では当然研修生だけでなく現地の大学生も活動に参加している。
思ったよりスタッフは多くて2,30人近くがこの団体で活動している。
ただ、オフィスに来て活動している子は幹部職っぽい一部の子のみである。
オフィスに通い始めた当初は周りのスタッフの子とあまり話せずにいたが、
2週間近く通い続けるうちに段々と打ち解けられるようになってきた。

昨日、同僚のビル(中国人)が大量の講演会のチケットを
持っている関係から、仕事仲間の5人で講演会を聞きに行くことになった。
正直内容を理解できるとは思わないが、日本の講演会と比べてどう違うかが
気になったので一緒に参加することにした。

場所は僕の家から歩いて5分の場所にあるおなじみ人民大学。
その中の‘明徳堂’という講堂で講演は行われた。
すごく立派な講堂で、日本で言うところでは大体市民会館ホール級の大きさだが
建物の外観はそれ以上に権威が感じられた。
もちろん市大の田中記念館が大きさでは及ぶはずもない。

講演のテーマはこのブログのタイトルにも書いた「交流使人生更美好」である。
高校で漢文を勉強した人ならなんとなく意味はおわかりになると思うが、
つまり「交流は人生をもっと豊かにしますよ」というお題である。
なんとも説教くさいタイトルだが、それもそのはずでこの講演の主催は
‘未来中国’という団体で、中国の各界で活躍している著名人を集めて、
若い人に自らの経験を伝えることを目的にしている。
そのため、人民大学以外にも他の大学でも講演をし、各地で学生を啓蒙しているとのことである。

講演会はパネルディスカッション形式だった。
パネリストは3人で、政府機関の主任、大学院の副院長、有名企業の副総裁という顔ぶれだ。
それにディスカッションの進行役を加えた4人が前に座って話が進んでいった。
進行役を務めるのは中国の国営テレビCCTV(中国中央電視台)のアナウンサー。
カメラも常備回していたので後にテレビに放送されるみたいだ。

講演会は各種いろいろな授賞式にはじまった。
おそらく主催団体に協力した人、よく貢献した人をたたえるものなのだろう。
そうした儀礼的なものが30分ほどあったのちに、ようやくパネルディスカッションが始まった。
正直話している内容の3割くらいしか理解できなかった。
日常会話は結構聞き取れるようにはなってきたものの、
講演会で使われる語彙はやはり日常会話レベルにはとどまらない。
とりあえず分かったことは、交流することって大事なんだなというタイトル通りの教訓であった。

ただ、内容はあまり理解できなかったものの、別の面でいろいろ楽しむことはできた。
さすがにテレビ局の進行ということもあって、講演会の運び方は見ていて舌を巻くものがあった。
学生が企画するものとはさすがに訳がちがう。
進行役のアナウンサーの司会の捌き方は見事なものだった。
また質問の設定も非常に逸秀だと感じた。
50歳を超えるパネリストたちに
「あなたがもし明日、大学一年生になるならば何をしようと思いますか」
と問うてみたり、また観衆を飽きさせないためにも少し話題をずらして
「大学時代にどんな恋愛をしましたか」
などと男女の交流に焦点を当てたりと、しかも、それらの質問がまったく不自然なく
掲げたテーマに集約していく過程は単純にすごいなぁと感じた。

当然パネリストの話もおもしろい。(周りの雰囲気から察して・・)
前に座って話すだけのことはあって、皆概して喋りがうまい。
声の抑揚、オーバーな身振り、頻繁に挟まれるユーモア。
講演会は最後まで緊張感を保ち続けた。
(僕は肝心の笑いどころをほぼ押さえることができず、
まわりが笑うのを見てああここが笑いどころだったんだなと後で知るしかできなかった。)

人と人との交流が主題であるが、話は国と国との関係にまで及んだ。
特に日本との関係を引き合いにして話す回数は非常に多かった。
やはり中国では日本は依然として関心の高い国であることが分かる。
ある学生が質疑応答の時に
「中国と日本の関係はどうあるべきですか?」
と問うたところ、パネリストの一人が答えるに
「もちろん過去の歴史に遺恨があることは確かだ。歴史はしっかりと踏まえなければならい。
しかしだからと言って、これからもずっといがみあっていくわけにもいかない。
私は中国にとって日本と協力していくことはプラスに働くだろうと思っている。
特にこれからの日中関係を担っていく君たちは戦争というもの直に体験したわけでないから、
そういった戦争の記憶がない分、君たちの時代はまた先代とは違った関係が築けるだろう。」
前段で歴史の問題に配慮した上で、概ねこれからの日本との関係については
前向きに協力して行かねばならないということだった。

講演会は儀礼を除いて大体2時間ほどあったが、
その内の30分ほどは学生からの質疑応答の時間に当てられた。
30分も質疑応答と聞いて日本人ならば長いと思う人がいるかもしれない。
日本で(特に学生相手に)講演会を開くならばこうも長時間質疑応答の時間をとったりはしないだろう。
きっと手を挙げて質問する人が少なくて会場が静まり返ることが予想されるからだ。
だが、3枚目の写真を見てほしい。
多くの学生が手を挙げている。
この写真では一部しか枠にしか納めることが出来なかったが、
実際は会場の前から後ろまでビッシリと手が挙がっていた。
手を挙げるか挙げないかで、その国の学生の質を測るのはいささか強引な話だが、
やはりこの光景を見せつけられると、日本の学生に物足りなさを感じずにはいられない。

この講演会でもそうだが、研修を通して僕が一番感じたことは日本と他国の大学(生)との違いだ。
それはまた自身にとって一番の学びであったと思う。
深くアイセック人民大学委員会に関わったこと、WYDという学生団体の活動に携わったことに起因するのだろう。
この点に関しては帰国後にでもまた整理してまとめたいなと思う。

【チャイナ研修日誌 vol.6】 グローバルビレッジを通じての出会い

しばらく更新を怠っておりました。
申し訳ないです。
ここ最近、時間と体力を欠いておりまして、
なかなか更新する機会を得られなかったのです。
今日はグローバルビレッジのことです

9月の上旬にかけて北京にてアイセックのトレーニングイベントNLDS(National Leadership Development Seminar)
が開かれているのだが、その中のプログラムの一つでグローバルビレッジという
各国の研修生、アイセックメンバーを迎えての交流を図るレクリエーションイベントがある。
それぞれの国の学生が各々国の特産物やかくし芸を持ち寄り、楽しく異文化交流するものらしい。
僕もそのイベントにエントリーし、行くことにした。

開始時刻は夜の10時半。
場所は北京中心部からおよそ70キロメートルほど離れた郊外のホテル。
目的地までは大体3時間ほどかかると聞かされていたので、参加する人は半強制的に泊りになる計算だ。
僕は6時半ごろに部屋を出た。
事前にメーリングリストに流れていたルートによると、
地下鉄に乗って北へ向かい、さらに北西へバスを2回乗り継いでやっと着くと書いてあった。
地下鉄に関してはほぼ問題なく利用できるようにはなっていたが、
正直バスの乗り継ぎ方、経路はまったく分からないので、地下鉄を降りてからは大変だった。

駅前にはバス乗り場が5,6個ほど複数あり、どこから乗ればいいのか全く分からなかった。
仕方がないので、周りの人、交通整理の人、お店の人などに聞くのだが、
聞く人によって返ってくる答えが違うので本当に困ったことになった。
ある人は知らないと答え、ある人はこっちに行けと、またある人はそんなバスはここにはないなどなど。
そんなこんなで途方に暮れていたのだが、
最後に出会ったのが付近の大学に通っているという女子大生3人だった。
(まったくの余談だが、こっちの女子大生は、大学によっても違うのだろうが、
日本みたいにキラッキラッ〈キャピキャピ?〉した感じはなく、本当に勉強を本分としているような子が多い。
なんというかあまり飾り気がない。というよりも大学生に限らず大多数の女性が化粧をしていないことにはびっくりした。
ぅ~んむしろ日本の女性が行き過ぎているのかも。
中国に限らず海外の女性を見てると腕とか足の毛を剃らない人も結構多い気がする。
全然関係ないな、この話。「じろじろ見過ぎだよ、お前」という声が聞こえてきそうですね。
失礼しました。本筋に戻ります。)


初めは、彼女たちも道に迷っていて、また見た目から推測して年も近いことから、
同じくアイセックの人でグローバルビレッジに参加する人なのかなと思い
「アイセックの方ですか?」と聞いてみた。
そしたら「?」という明らかに聞き覚えのない単語を耳にした表情したので、全く関係ないことが分かった。
しかし、彼女たちはすぐに僕がバスの乗り方に迷っていることを悟り、心良く道案内を申し出てくれた。

これは全くの予想外のことであった。
というのも、北京に来てから経験的に知った中国の人はというと
他人に対しては皆とても無愛想で、店員も客を雑に扱う始末である。
とことんサービス業に向かない人たちだなぁという印象だった。
なので、こちらから道を訪ねて簡素な答えが返ってくることがあっても、
向こうから率先して道案内などは考えられないことであった。
(あくまでも他人に対してということで、知り合い同士では対応が変わってくるのかも・・)

彼女たち3人の内2人は新疆ウイグル自治区、もう1人は河北省の出身であった。
あまり海外の人出会ったことが無いらしく、僕が日本から来たことを告げると
「えー、嘘!あなた日本人なの?日本のどこから来たの?いつまで北京にいるの?
北京のどこに行った?あなた中国語うまいじゃない!」などなど、興味津津に次から次に話かけてきてくれた。
有名人になったような感じがして、なんか気分が良かった。
正直、日本人っていうだけでこんなにも食いついて来てくれるとは思わなかった。

彼女たちは親切にも僕に代わっていろんな人に尋ねてくれたり、
携帯の経路検索機能を使ってホテルまでのルートを割り出してくれたりした。
そして目的のバス停が少し離れた場所にあると分かると、
わざわざ自ら僕の手を引いてそこまで連れて行ってくれた。

しかしこの時、心の貧しい僕は、きっと彼女たち優しさには裏がある、
あとで道案内の代償としてお金をせびられるんじゃないかと
彼女たちの親切心に感動する反面、同時に疑いも持っていた。

結論を言えば、お金を要求されることはなかった。
むしろ、分かれ際にグロビレに持っていく予定の桃酒をお礼に渡そうとしたら、
中身も確かめず「いいよ、いいよ。」といってそそくさと辞退して、帰って行ってしまった。
なので、バスに乗ったとき、中国にもこんなに心のやさしい若者がいるんだと
僕はとても温かい気持ちになった。

バスがホテルとは逆の方向に進んでいることも知らずに・・・

バスが最終的に着いたのは徳性門という北京の中心に程近いところだった。
正直自分が今どこにいるのか分からなったので、
バスのスタッフの人に最寄駅はどこかと聞くと、「あっち。」と指を指した。
駅名を再度尋ねるも、駅名を答えてくれず「あっち。」と答えるのみ。
(こういう対応がむしろ普通。バスのスタッフに聞く前に店のおばあちゃんにも尋ねてみたが、
その人は何も言わず首を振るだけだった。)
仕方ないので言われるがまま、彼が指さす方向にしばらく進んでいくと、
‘積水潭’駅に辿り着いた。
確か研修ブログの2つ目の記事に書いたと思うが、
ここは僕が初めて中国でバーとクラブを体験したという歓楽街の玄関口である。
というわけで、どうやらホテルからだいぶ遠のいたことが分かった。

読んでいる方はもう分かりだと思いますが、
結局、僕はグローバルビレッジに参加できなかったというオチです。

さて、心優しき彼女たち3人のことに話を戻すと、あとで携帯のメールを通して分かったことだが、
彼女たちも僕が反対方向のバスに乗ったことを知らなかったみたいだった。
自分たちが僕を間違ったバスに乗せたことが分かると電話にてしきりに謝った。
実のところ彼女たちもそれぞれ別の省からの出身ということで、
あまり北京の地理、交通事情に詳しくなく間違いに気付かなかったみたいだったようだ。

結局、グローバルビレッジには行けなかったけど、僕はその日をとても気持ちよく過ごした。
間違いこそあれ、彼女たちの親切は本物で、このサバサバした人間関係が主流な北京での生活に
ちょっとしたうるおいをもたらしてくれたからだ。

思わぬ転機があるもので、このことを切っ掛けに彼女たちとより一層仲がよくなった。
そこで今週末あたりに一緒に北京市内を観光することに。
彼女たちも北京をあまりよく知らないため、とても楽しみにしているみたいだ。

その模様もまた時間があればブログにて報告しようと思います。

ということで今日は次の故事でブログを締めくくりたいと思います。
「人間万事塞翁が馬」

それではおやすみなさい。

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