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【チャイナ研修日誌 vol.5】 上海上陸!





19日。
24日の万博での環境アイデアコンペに参加するため、汽車で上海へ向かうことに。
北京発上海行きの汽車の出発時刻は晩の10時15分。
スーツケースを片手にサラと共に改札をくぐり、指定された車両へと向かう。
中国の列車は驚くほど全長が長い。
先頭と最後尾がもはや見えず、車両数はおよそ20近くあったと思う。

およそ100メートルほど歩いた後、目的の車両にたどりついた。
しかし車内に乗り込もうとするのだが、入口付近に人がたまりすぎてなかなか入れない。
なんとか中の乗客にスーツケースをリレーしてもらって、
車両の中頃まで進むことができた。
もはや人の通れるスペースの無いほど通路が埋まっていた。

上海まではここ、北京を出発しておよそ13時間ほどかかる。
あまりの長旅で体力を消耗すること必至で、うんざりしていたのだが、
なにより僕を落ち込ませたのは列車に揺られる間、座る席がないということだった。

折しも今は夏休み。
帰省ラッシュ、Uターンラッシュ、おまけに上海万博と北京と上海を行き来する人はとても多い。
チケットもほとんど取れない状態で、座席つきのチケットはおろか
この席なしチケットですらなんとかギリギリで手に入れたのだ。

しかし、嘆いたところで仕方がない。
ここは開き直って、あくまで13時間席がないという状況を楽しもうと考えた。
こんな状況はなかなかあるものではないし、この先二度とないかもしれない。
(というか、二度と体験したくない。)
ならばこの経験を最大限この身でもって体験してやろうと心に決めた。
というわけで、とりあえず車内を撮影してみた。

写真を見てのとおり、ある人は立ったり、ある人は地べたに座ったり、
賢い人は前もって小さい椅子を買っておいたりと、皆思い思いに状況を楽しんでいた(?)

2枚目の写真では子供が母親の足元で安らかに眠っている。

ただ、楽しむとは言ったものの13時間はさすがにきつい。
途中で眠気も襲ってくる。
ずっと立ちっぱなしというわけにもいかないので、
なんとかしてスペースを見つけては座る。
列車内は奇麗とはいえないまでも、ここではそんなことは気にしていられない。
体調第一である。
ただ、始めはそこまでごみが落ちていなかった車内も時間が立つにつれ、
徐々に汚くなっていき、座るスペースも小さくなった。

座ったとしても辛いことは多い。
まず足をなかなか伸ばせない。
多くの時間を胡坐をかいたり、体育座りをしていたので、
エコノミークラス症候群になるかと思った。
次にお尻がいたい。
下は床で堅い上、長時間体重がお尻に一点集中するのでしんどかった。
そして人通りが多い。
13時間も車内に閉じ込められるのだから、トイレに行く人はかなり多い。(僕はトイレを我慢し続けた。)
そのたびに道を譲らなければならないのだから、安心して眠りにつくこともできない。

そんなこんなで上海に着くころには身も心もくたくただった。
(実際は電車が1時間半遅れて計15時間電車に缶詰めだった。)

車内ではそれはちょっと・・って思うことが一つあった。
それは車内でタバコを吸う人がいたことだ。
それも一人ではない。見つけただけでも5人ほどいた。
閉め切っている車内でタバコの煙が充満していくのはたまらなかった。
灰皿はない。
しいて言えば電車の床がそれ。
座るスペースがなくなっていく・・・
これだけはどうしてもいただけなかった。


上海についてからはサラと分かれて、僕は親戚のおじ(母の一番上の兄にあたる。)の家へと向かった。
おじの家は列車の駅から地下鉄で30分ほどいったところにある。
着くとおじとおばが迎えに来てくれていた。
今回は5年ほどぶりの再会であったので、僕の来訪をとても喜んでくれた。
僕は幼いころ上海でこのおじとおばの下で1~2年間ほど暮らしていたことがあり、
二人は自分の子供同様に僕をかわいがってくれた。

おじの家は地下鉄を出た真向かいにあった。
5年前に来たときにはこのあたりにはまだ、地下鉄が通っていなかったが、
いまでは近隣に大きなショッピングモールもでき街の風景は大きく変わっていた。

時間は1時を回ったところで、おじは料理を用意してずっと僕を待っていてくれた。
久しぶりのおじの料理とてもおいしかった。
おじの下で長く暮らしていた時期があったため、
彼の作る料理はもはや僕にとって第2の‘お袋の味’みたいなものである。
おじは僕の好物を覚えていたらしく、エビをゆでて味付けしたものや
鳥をの皮だけをパリッと焼いたものなどを出してくれた。
どれも日本人の口に合いそうなさっぱりした味付けのものが多かった。
久しぶりの手料理だったので、ばくばくといっぱい食べてしまった。

昼は列車の疲れから、夜になるまでずっとベッドで休息をとった。


起きてからおじが連れて行ってくれたのは上海でもっとも‘ホット’と言われる
浦東地区の大きな川を挟んだ高層ビル街だった。
地下鉄を出た瞬間に圧倒された。
目の前にはネオンのためまばゆくビルが端から端へとびっしり林立していた。
出口を抜けての左手に見えたのが上海で一番高い‘上海ワールドフィナンシャルセンター’。
頂上部分が四角にくり抜かれているのが特徴だ。
ちなみに施工を手がけたのは日本の森ビル。
この辺の高層ビルの中には日本が出資して建てたものも多い。
そして出口右手には上海を象徴する建物‘東方明珠電視塔’がそびえている。
3枚目の写真はこのテレビ塔を背景にしてとっている。高すぎて全てが入りきれていない。

しばらく歩いていくと大きな河に出た。
向かい側にも多くの建物がある。
4枚目の写真は河の対岸を背景にしておじとおばを撮ったものである。
60歳を超えてもまだまだ元気な自慢のおじとおばである。

夏休みということもあっておそらく万博帰りの人がここに来て夜景を楽しんでいた。

ここでは北京にはない先進性を感じた。
また東京と比しての潜在力の大きさを、
そして大阪にはないスケールの大きさと力強さを感じた。

大きな河を挟んでの夜景は壮大であった。
昨年の冬に中之島の光のルネサンスというイベントがあり、
光のアートをたのしんだのだが、ここでは毎日が‘ルネサンス’だ(?)
中之島は大阪でも経済の中心地に当たる場所だが、
それすらもちんけに思わせるくらいにこのエリアは活気に満ちていた。

これからも上海は要チェックだ。


◆ケーススタディー
海外に行けば当然その国の文化というものがある。
ときには違いを認めて受け入れることも必要だ。
しかし、何時なんどきでもその国のやり方に染まるというのも
本当の意味で異文化理解とは言えないのではないかと思う。
ときにはこちらも主張しなければならない時がある。

Q、中国は以前と比べれば随分ときれいになったが、
それでもゴミを路上に捨てたり、痰を吐いたり、上でも言ったような
車内でタバコを吸ったりということがみられる。
中国人にとっては至極普通のことではあっても、
日本人にしてみれば容易には受け入れられないことである。
あなたなら以上のようなケースに遭遇した場合どう対処するか?

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